【犬猿の仲】父の誕プレを買った瞬間、感謝の気持ちが溢れてきた件

こんにちは、てらけんです。

僕は全くの無知からPC1台で起業し、
1年目から毎月100万超えの自動化を達成、
最近は月収600万を超えました。

 

で、お金・時間・精神の余裕がある今、
自分のことだけじゃなく、
読者さんや、身近な人のことなど、
周りについて考える時間も増えてきたのです。

 

そんなとき、ふと、あることを思いました。

 

「ああ、そういえば、父の誕生日、祝ったことがなかったなぁ」と。

 

なんというか、ずっと絶妙な仲だったんですよね。

 

『クラスのみんなで集まるときは
その場しのぎで雑談を交わすけど、
決して2人では会わない仲』

みたいな。

仲良くも、悪くもなく。

 

それに、父はお金関係でちょっとだらしなくて、
過去に色々なトラブルがあったりしました。

 

そういうダメダメな姿を見ていて、

「はぁ、父なんだからもっとしっかりしてよ…」

と思っていた部分もあります。

 

おそらく、僕だけじゃなく、
家族仲で悩んでいる人は多いと思う。

 

母との関係とか、父との関係とか、
兄弟の関係とか、祖父母との関係とか。

 

僕は家族のことが好きですし、
ここに生まれてきて良かったなぁと思ってます。

 

でもだからといって、
全ての関係が良好とは限らないのです。

 

母とはすごく仲良いけどね。
このブログも読まれていると思います。笑

きっと10年後も20年後も30年後も、
生きてる限りはいい関係のままでしょう。

 

だから、母の誕生日は何度も祝ってきたし、
なんなら僕の誕生日の日に逆サプライズ的なことをしたこともあります。


でも、それの反面、
父の誕生日を祝ったことは一度もありませんでした。

悲しいことに…

 

僕が学生の頃はずっと
いじめ・暴力で疲弊してたので、
他人の幸せを願う余裕はなかったし、

ブラック企業で営業マンをしてた時も
お金・時間・精神の余裕が全くなかったので、
なかなか祝うこともできなかった。

 

何より、父がそういったお祝い事を
求めてない感じがしたし、

僕と性格は真逆でとにかく寡黙な人なので、
掴みどころもなかったのです。

 

ただ、うすうす感じていたことがあります。

このまま一度も祝わずに過ごしたら、
きっと父が亡くなったときに
誰よりも後悔するんだろうな、と。

 

僕はこれを書いてる今、
実家を離れて全国 (主に東京) のホテルに暮らしています。

 

だから実家が今どんな状態なのか全部は分からないですけど、
父がお金関係でトラブルを起こした日以来、
家族みんなから疎まれてきたんですよね。

 

これは言葉にするのがすごい難しいんだけど、

「あの人と深入りするとアレだからちょっと距離置こう」

みたいな感覚。

そういう雰囲気をよく肌で感じていました。

 

だから、僕もその雰囲気に
乗っかっていた部分があります。

 

つまり、正直にいうと、下に見ていたんですよね、父のことを。

「別に父の誕生日といえども祝わなくていいやろ」みたいな。

 

でも、僕はずっと、
父の誕生日をまともに祝ったことがなかった件について、
すごい胸につっかえを感じていました。

 

だって、実の父親ですからね。

いくら仲が微妙だとしても、
仮に犬猿の仲だとしても、
この素晴らしい地球に生まれてこれたのは、父のお陰です。

それは紛れもない事実です。

 

だから、複雑な感情を抱えながらですが、思い切って、

赤坂のリッツカールトンに泊まってた翌日、

その足で六本木のバーバリー店に行き、
店員さんに上記のことを相談したのです。

 

「実は…(省略)、だから、人生で初めてになるんですけど、
父へちゃんとした誕生日プレゼントを贈りたいんです」

 

高身長イケメンの店員さんは、こう言いました。

「素晴らしいですね。

実は私ももうこの歳になりますが、
父のお祝いをしたことがなくて。

犬猿の仲だっさんですよね。

でもいつかはしなきゃなと思っていました。

お父さん、きっと喜ぶと思いますよ」

 

そうして、一緒に、いろいろと考えてもらいました。

 

僕の記憶が正しければ、父は、
ボロい、二つ折りの黒財布を使っていました。ずっと。

 

それは多分、2000円くらいのやつ。

 

だからこの機会に、
使い勝手のいい二つ折りの財布を贈ろうと思いまして、
最終的にコレにしました。

喜んでくれるといいんだけどね…

 

そうしてお会計を済ませ、
帰りはあえてタクシーを拾わず、少し散歩をしました。

頭の中を整理したかったのです。

 

なんというか、父のために大きなお金を使った瞬間から、急に、
感謝の気持ちが芽生えてきたのです。

不思議な感じ。

 

こんなこと書きたくないのですが、
父のお金のトラブルは、
比較的心の広い僕ですらドン引きするものでした。

 

そこに手を出す?みたいな。
人として絶対にダメだよそれは…という。

 

だから、そんな父に対して敬意を持った上で
誕生日プレゼントにお金を使うというのは、

ある意味、僕の中でのチャレンジでもあったのです。

 

でも、お金を使ったことで
急にブロックが外れたのか、僕は、ある真実に気づきました。

六本から西麻布まで、街を、歩きながら。

 

それは、僕はずっと、

「マイナスな部分にばかりフォーカスしていた」

ということ。

 

周りの雰囲気や空気感に流されて、
父の悪い部分ばかりを見て、
そして勝手に距離をつくっていたことに気づいたのです。

 

思えば、父は、ずっと優しかった。

 

僕は幼稚園児の頃から小学6年生まで、
ずっと空手をやっていました。

 

その送り迎えをずっとしてもらったり、
僕の勇姿を誰よりも応援してくれてました。

 

父は不器用だし、
僕みたいに喜怒哀楽を表に出さないから一見わからないんだけど、

それでもたしかに、

最前線で、誰よりも応援してくれていたのです。

 

中学校に上がり、空手をやめたとき、
ちょっぴり寂しそうな顔をしていた
父の横顔を覚えています。

 

そのあと、僕は卓球を始めたのですが、
それもまた、父は応援してくれてました。

水面下で、こっそりと。

 

朝練でしぬほど早起きをしなきゃいけない時も、
父は、何一つ文句を言わず、
ボロい車で送り迎えをしてくれました。

 

高校生の時、僕が遠くの山のほうまで遊びに行っちゃって、
帰るのがしんどくなった時も、父は、

「まったくも〜、迎えに行くから待ってろ」

と電話で一言いい、そしてすぐに迎えに来てくれました。

 

いつでも父は優しかった。

 

僕が指定校推薦で答案用紙の裏側の存在に気づかず、
見事に失敗したときも、

怒ることも叱ることもなく、
ただただ見守ってくれていました。

 

そして「運がいいから、まぁ大丈夫だろ」と言ってくれました。

 

思い返せば、小学生の頃は
よく一緒にゲームセンターに連れて行ってくれて。

 

メダルを買ったり、UFOキャッチャーをするのに、
僕は平気で5000円とか1万円を使わせていたと思います。

 

なけなしのお小遣いしかないはずなのに、
やはり父は、一切の文句や嫌味を言わず、
僕のためにお金を使ってくれていたのでした。

 

いつからだろう、父との距離をつくってしまったのは。

ぜんぜん覚えていません。

 

僕が6年間という長い間、
学校でずっといじめられていた時も、

「父なのに助けてくれない」と思っていましたが、

僕が父に相談したことは1mmもありませんでした。

 

今でも当時の僕の絶望は、一切知らないままです。

 

僕は、西麻布まで歩きながら、

「もしかして、父との距離をつくっていたのは僕の方だったんじゃないか?」

と、ふと思いました。

 

というか、

「10代の頃は父に散々甘えておいて、
いざ大人になったら
父のことをないがしろにする都合のいい奴」

だとも思いました。

 

周りの雰囲気や空気感に流されて、
父の悪い部分ばかりを見て、
そし勝手に距離を置いて。

 

たしかに、金銭的な事件もあったけど、
あれだって、真相はわかりません。

もともと父は寡黙な人だし、感情を出さない。

 

もしかしてだけど、家に居場所がなさすぎて、
実は心がだいぶ消耗していて、気づいたらつい…

という仕方のない状態だったのかもしれない。

 

物事には全て因果関係があると思っています。

原因があるから結果がある。

 

カップルが別れたとき、
どっちが一方が100%悪い、ということがないように。

 

コピーライティングにおいて大事なのは、

相手へのファーカスであり

利益貢献であり

配慮であり

思いやりです。

 

それなのに僕は、
一番身近な人に対して
長年それができていなかったのでは?と反省しました。

 

これら全てのことは、
父のために大きなお金を使った瞬間から芽生えた気持ちです。

心の中にずっとあったブロックが一部外れたんだと思います。

 

これは自論ですが、

身近な人を大切にできていないのに、
誰かを大切にしたり、
幸せにするのって難しいと思うのです。

 

だから、もっと身近な人の、
悪い部分じゃなくていい部分にフォーカスをあてて
しっかり大切にしていこうと改めて思いました。

 

もちろん、これはあくまで僕の例だし、
家族との関係性は多種多様化かと思います。

 

絶縁状態の人もいれば、
二度と会えない状況の人だっていると思う。

 

だから、全員が全員、
仲良くできる世界線は存在しないとも思っています。

 

ただ、これは個人的な想いですが、
どんな関係性であっても、どんな状態であっても、

せめて、いつか死ぬその最後の瞬間だけであっても、

その特定の誰かに対し、双方が、

「いろいろあったけど、ありがとう」と思えたら、

それはそれで幸せなことなんじゃないかと思うのです。

 

たとえ数秒、ほんの一瞬であろうとも。

 

と、そんな感じで、

今後はもっと大切な人や
周りの人に焦点を当てて、

しっかり還元していきたいなと思います。

それが僕にできること。

自分ひとりの幸福なんてたかが知れてますし。

 

それに、ブログ読者やメルマガ読者に対しても、
もっと価値提供していけたらなと思っています。

 

今や僕は、20代半ばにして、
30個も離れてる父の年収分を1か月で、
しかも自動で稼げるようになってしまいました。

 

父もこのことは知っていて、
「すげぇな…」と一言いっていたようです。

 

でも、父は父だし、
いい部分にもっとフォーカスして
リスペクトしていきたいなと思います。

 

僕は、父から愛されていました。不器用だけど。

そのことに気づけてよかったです。

 

今度会ったとき、誕プレと一緒に
感謝の気持ちを伝えれたらいいな〜と。

 

では!

 

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