ノリで北海道〜沖縄まで横断した結果「足るを知る」を知った話

こんにちは、てらけんです。

 

僕は引きこもりのお先真っ暗状態から
PC1台で幸福な経済自由人に生まれ変わった
20代のLGBT男性です。

 

さて実はここ1か月、
北海道から沖縄まで旅をしておりました。

 

これはかなりなんとなくの気分でスタート。

ここ1年半くらいずっとホテル暮らしなので、
まぁ東京にいても地方にいても変わらないなと思い、
とりあえず青森に行くことから始めてみたのです。

 

タイトルで日本横断と書きましたが、厳密に言うと、

東北横断→一旦東京→九州横断→最終地点沖縄

という感じです。

(今は東京・渋谷のホテル44階でこの記事を書いている)

 

渡ったざっと場所を振り返ると、

青森(十和田)→青森(大間)→青森(青森)→北海道(函館)→青森(青森)→岩手(盛岡)→岩手(陸前高田)→宮城(気仙沼)→宮城(仙台)→宮城(松島)→福島(福島)→東京(神楽坂)→鹿児島(川内)→鹿児島(離島:こしき島)→鹿児島(霧島)→宮崎(延岡)→大分(別府)→福岡(福岡空港)→沖縄(沖縄本島)

という感じの移動です。30日間。

 

一体何を見て何を感じたのか?などなど、
画像と共に共有していこうかなと思います。

 

ちなみに結論を先に書いておくと、

・どこまでいっても隣の芝生は青い

・「足るを知る」を知っておく必要がある
(既に十分満ち足りていることを知る)

・人間は「人の間」という漢字で構成されてるように、
一人では生きていけない

です。

 

それでは、スタートです。

青森(十和田)→青森(大間)→青森(青森)

まずは東京から青森へ乗り込みました。

人生初の青森。

 

東京では高級ホテルに
泊まることも多くて(経験のため)、

今回の旅ではラフに、
いろいろな宿に泊まってみようと決意。

 

ちなみに新幹線で行こうと思ったのですが、
直前の地震の影響でダメに。

仕方なくすぐに飛行機を取り、羽田空港へ向かいます。

 

で、着いたので、

 

現地の友人と合流し、十和田湖へGO。

最強に綺麗すぎて言葉を失います。

 

アルプスみたいな景色…

シーズン外なのか、人はゼロでした。

 

十和田バラ焼き、おいしい。

 

そして謎の温泉を発見。

雰囲気がよきよき。

 

あとは車で移動して
大間のマグロ・ウニを食べたのですが、
想像以上に絶品でした。

東京で食べた1人5万の寿司より美味しかったかも。

 

別の店にも移動。

完全に太りますね…

 

 

そんで青森市に移動して
ねぷた祭りの展示施設にも行ってきました。

伝統を感じます。

 

そしてまた寿司。

偏食なのでサーモンばかり食べてしまう…

 

他にも書ききれないほど
青森はもう堪能したので、

そろそろ移動かな…
ということで北海道の函館へ。

 

今回の青森での経験・得た知見は
noteにもまとめています。

北海道(函館)

北海道は札幌なら行ったことがあったけど、
函館は初でした。

 

今回、プライベートのSNSアカウントで知り合い、
会いたいね〜と話をしていた人が
函館に住んでるとのことだったので、
ちょうどこの機会に会うことに。

 

で、着いたんですけど、ありえないほど寒い。

風も強すぎるしすぐにホテルへ避難です。

 

強風の影響か露天風呂の湯加減が最高に冷たかったので、
途中からラビスタ函館ベイというホテルに移動しつつ、
ほぼ毎日何かしらの寿司や海鮮系を食べていました。

どれも新鮮で美味しかったです。

 

北海道での経験・得た知見も
noteにまとめています。

青森(青森)

 

函館でレンタカーを借りようと思ったとき、
財布の中に免許証がないことに気づきます。

この時の絶望具合といったら…。

 

完全にバカなのですが、
青森のコンビニのコピー機の中に置き忘れていました。

 

慌ててお店に電話したところ、

「こちらで預かっている。
でも郵送はできない。直接取りに来てください」

と言われる始末。

 

仕方なくレンタカーを諦め、
予定より早く函館を後にして、

夜中に青森へと向かい、
せっかくなのでアート系のホテルに宿泊。

 

夜、東北で柔道1位だったという、
強そうな人に会いました。

岩手(盛岡)

免許証を忘れた流れで青森へ一泊しつつ、
今度は岩手県の盛岡市に移動しました。

岩手には行ったことがなく、完全になんとなくでした。

 

そしてホテルに着いてwi-fiに接続しようと思った矢先…

なぜか、繋がらない。

1時間くらいあたふたして、かなり体力と精神を消耗しました。

 

本当は1週間くらい滞在する予定でしたが、

「これ、盛岡市から祝福されていないのでは?」

と思ってしまい、かなり気分的に、
明日にはここを出よう…と決意。

 

元教え子(コンサル生)が仙台に住んでいて、

「明日会いません?」

とLINEをしたら秒でOKと来たので、
翌日には会う流れに。

 

わんこそばを食べる約束をして
スマホの電源を切りました。

 

翌日。

東屋(あずまや)というお店で
本当にわんこそばを食べたのですが、
まさかの37杯しか食べれず、歳を感じました…。

男性平均は50〜60らしい。

 

その後、

「このまま乗り捨てでレンタカーを借りて仙台まで行かない?」

ということで、車移動が決定。

 

東日本大震災で大きな被害が遭った
岩手の陸前高田や
宮城の気仙沼にも寄りつつ仙台に行こう…

という話でまとまりました。

岩手(陸前高田)

※ショッキングな画像を貼っていくため、
閲覧するのが厳しい人は飛ばしてください。
ありのままの現状をお伝えするためにそのまま掲載させていただきます※

 

岩手の陸前高田は当然初めてで、
正直、複雑な気持ちで伺いました。

津波のニュースでは何度か見た場所だったので…

 

いざ行ってみると、
息を呑む瞬間が多々あり、
なんとも言語化できない気持ちで包まれてしまい。

 

実際に街を飲み込んだ海、
7万本の松の木が流される中で
唯一生き残った「奇跡の一本松」などなど。

 

それから、同じく津波被害が大きかった
宮城の気仙沼にも行くことに。

距離感でいうとこんな感じです。

 

車内では自然災害や命の話ばかりしていました。

ほんと僕らは生かされていると思います。

生きているというより、生かされている。

宮城(気仙沼)

そして到着。

 

ここでは、津波で流れた冷凍工場が
校舎に激突してできたキズや、

 

ボロボロのままの体育館?
をこの目で見ました。

 

あれから10年経つけど、
ここの卒業生たち、
みんな幸せに生きてたらいいな…と思いました。

 

現場に行ったこと、
ちゃんとこの目で見たこと、
この気持ちを忘れずに日々を送っていかなきゃなと。

 

震災や津波で亡くなられた方々のご冥福をお祈りいたします。

そして、かけがえのないご家族、ご親族、
ご友人を亡くされた方々にお悔やみ申し上げます。

 

宮城(仙台)

そんな感じで色々な想いを抱えながら、
いよいよ仙台に到着。

今回で3回目くらいかな。

 

ずんだシェイクを見ると、
仙台に来た感じがしますね…。

 

そしてせっかくなので、牛タンを頂きます。

仙台以外だとなかなか牛タンを食べる機会もありませんね。

 

ほか、温泉に行ったり、
地元のゲイバーに行ったりして
ゆるやかな時間を過ごしました。

個人的に仙台は好きな場所の1つです。

宮城(松島)

仙台を堪能したあとは、松島に移動しました。

 

松島では牡蠣の食べ放題に行ったり、
露天風呂で新サイトの打ち合わせをしたり。

 

あと、テレビや雑誌にも出ている
「寿司幸」にも行きました。

 

店主と1時間以上話させていただいた中で、

「うちは目の前のお客様のことを考えてひたすら握ってきた。
メディアのことは考えてない。

お客様のために何十年と積み重ねた結果、
メディアが勝手にこっちに来たわけだ」

といったことを言っていて、カッコいいなぁ…と。

 

 

どのビジネスでも
〝目の前のお客様のために〟
という姿勢が大事ですね。

当然、お寿司は絶品でした。

 

「この後どこ行こうか…」と思いましたが、
とりあえず福島に決定。

笑いあり・涙ありの宮城とバイバイしました。

福島(福島)

福島に到着。

福島に来るのは何気に初だったかもしれません。

 

ちょっと仕事がしたいな〜と思い、
ホテルの近くのコワーキングスペースへ移動。

いい感じです。

 

仕事終わり、
たまたま福島に出張に来てた知人と
「ちゃんこ若葉山」に行ったり。

 

仙台で食べた複数の牛タンが忘れられず、
結局福島でも牛タンばかり食べてしまったり。

 

東北を横断し、一通り満喫しきった後、
起業仲間の誕生日を祝うために
1日だけ東京へ帰還することに。

新幹線に乗り込みました。

東京(神楽坂)

久々の東京。

ずっと地方を回っていたせいか、人混みにビックリ。

やっぱり、東京は都会ですね。

 

誕生祝いの会場は、神楽坂にしました。

旅の思い出や、ビジネスの話で盛り上がります。

お互い毎月500万以上を収益化してるので、
同じステージで楽しめます。

彼のほうが先輩だし、僕はまだまだという感じですが…。

 

たくさん食べて飲んで満足。

「明日から鹿児島の離島なんですよ…」
と言ったらさすがに笑っていました。

 

鹿児島(川内)

東京の翌日、羽田空港から初鹿児島へ。

 

この日、従業員3000人ほど抱えている実業の社長に
鹿児島の離島「甑島(こしきとう)」にて
メルマガを教える予定でしたが、

なんとフェリーの時間に間に合わず、てんやわんや。

 

「離島は明日行きましょう…。
今日は近くのホテルに一泊ですかね…」

ということで急きょ鹿児島の川内という場所に宿泊。

温泉付きの宿にしました。

 

夜は鹿児島っぽい居酒屋で飲んだり食べたり。

唐揚げが最高級に美味しかったです。

 

だいぶ酔っ払ってしまったので、
明日のために早めに就寝…

鹿児島(離島:こしき島)

そしてついに…!甑島(こしきとう)へ向かいます。

 

車でフェリーに乗り込み、

 

追加料金を払って特等席に座り、

 

Twitterを見てたらいつの間にか到着!

 

すぐに海へ行き…人生初の釣りを体験。


※なかなか釣り針が取れなくて泣きそうになった…

 

ホテルへチェックイン後、
メルマガを教えさせていただき、

 

ひと段落ついた後に地元の居酒屋へ。

店主もお客さんも歓迎してくれて、最高の空間でした…感謝。

 

甑島(こしきとう)には独特な時間の流れがあり、
終始不思議な感覚でした。

フェリーに乗らないと島には来れないし、
鹿児島の離島といったら
普通は「屋久島」と言いたいところ、
あえての甑島(こしきとう)です。

 

甑島(こしきとう)は
上甑島、中甑島、下甑島の3つで形成されていまして、
車があれば、わりと短時間で上から下まで行けます。

 

途中、橋から見える景色で、
とんでもなく神秘的で美しい景色を捉えました。

それがこちら。

 

と、甑島(こしきとう)では
観光したり釣りをしたりメルマガ合宿をしたりしつつ、
旅館を3つほど転々としながら過ごしました。

 

コンビニも一切ない島で、
今後の人生これからの事業のことなど、
たっぷり向き合うことができてよかったです。

 

さて、鹿児島市内に戻りましょう。

次は鹿児島の霧島市という場所に友人がいる関係で、
ぜひご飯でも行こうという話になりました。

 

島系での関連記事:【起業家ログ】宮古島に1か月、プチ移住してみた

鹿児島(霧島)

霧島に移動する前に、
知覧特攻平和会館という場所に行くことにしました。

(日本人なら、しぬまでに一度は行ってほしいです)

 

この知覧特攻平和会館とは、
第二次世界大戦末期の沖縄戦において、

『爆弾を抱えたまま
飛行機もろとも
敵艦に体当たり攻撃をする』

という、人類史上最大にひどい作戦で命を失った
「特攻隊員」の遺品や遺書を
展示している施設です。

 

そして当時、
この鹿児島の「知覧(ちらん)」という場所が
特攻隊員の「最後の場所」でした。

 

正直、僕はこの場所のことを
全然知らなかったのですが、

鹿児島出身の元教え子から、

「知覧には絶対行ってほしいです。

楽しめる場所ではないけど、
行く意味があります。

そしてそこで見たもの・感じたことを
発信してほしいです。

情報発信ビジネスって、
青天井の収益が狙える以外にも
大きなメリットがあると思うんです」

と言われたので、
急きょ、行くことにしました。

 

で、いざ知覧特攻平和会館に
行ってきた感想としては、

〝言葉にならない〟です。

 

僕はコピーライターでもあるので
言葉の可能性を信じていますが、

本当に感動した時や
本当に感情が揺さぶられた時は、

言葉の限界を感じます。

 

いま、言葉を綴っても
おそらく全然伝えることができないし、
抜け落ちしてしまうものが多いです。

 

今回、感動したというより、

ただただ、悲しくて、胸が痛くて、

およそ1000人分の遺書・手紙を見ながら
ポロポロ涙をこぼしていました。

 

遺書コーナーは
写真撮影禁止だったので
ここに貼り付けることはできませんが、

特攻隊として
爆弾を抱えたまま
敵艦に体当たり攻撃をした人の多くは、

10代後半〜20代前半だったんですよね。

 

だから、バーッと
掲載されている顔写真を見て、

「なんだか、あどけないなぁ…」

と思いました。

 

どこか幼くて、でもどこか勇敢で。

 

この穴澤隊員とか、
特攻隊として死ぬ直前、婚約者に対して、

「あなたの幸せを希ふ(ねがう)以外に何物もない」

「徒(いたずら)に過去の小義(しょうぎ)に拘(こだわ)る勿(なか)れ。
あなたは過去に生きるのではない」

と、手紙を書き綴っています。

 

こんなの、言えないですよね普通。

〝あなたの幸せを希ふ(ねがう)以外に何物もない〟って…

 

知覧特攻平和会館、
また行く機会があったら丸一日滞在して
館内の展示物を全て見たいなと思います。

1〜2時間くらいだと足りないですね。

 

そして知覧に寄った後は霧島へ。

友人と合流し、ヒレカツを食べたり、貸切風呂に行ったりしました。

 

あ、あと、指宿(いぶすき)という場所で
人生初の砂風呂も体験しました。

全身から毒素が出ていき、
デトックスされた感があり良かったです。

 

鹿児島も堪能したということで、次は宮崎へ移動です。

宮崎(延岡)

宮崎へは、TikTok運用を任せている取引先が住んでいて、
「実家の焼肉屋でご馳走しますよ〜」
と有難いお言葉をいただき、顔を出すことにしました。

 

『焼肉丸丸』

肉が分厚くてめちゃめちゃ美味しかったので、
ぜひ宮崎の延岡に行く機会があったら寄ってみてください。

 

翌日、本当は高千穂(たかちほ)という
絶景スポットに行きたかったのですが、

雨だったのでもう移動しちゃおうと思い、
急きょ大分へ。

 

別府温泉であたたまろうと思いました。

大分(別府)

別府への移動中の景色が個人的に好きすぎました。

(途中、降りる駅を間違えて1時間以上ロスしたけど…)

 

迷子になりながらも、ようやく到着。

 

別府では毎日温泉に浸かりつつ、
読書をしたり、
たまっていたメルマガやLINE@の返信をしたり。

 

そして超なんとなく
近くの別府タワー内にある
別府アートミュージアムに行ったのですが、

ここで世界各地から数々の賞を受賞してる
画家さん(89)と話すことに成功。涙腺が…

 

別府温泉でお肌がスベスベ効果を実感した後、
福岡空港から沖縄へと旅立ちました。

福岡(福岡空港)→沖縄(沖縄本島)


この1か月の日本横断旅も
最後は沖縄になるんだろうな…
ということは薄々感じていました。

(今回、行ったことのある県は
なるべく意図的に省いています)

 

僕は沖縄が好きなので
1年のうちに何回も行っているし、
今回も1週間くらい滞在したいな〜と。

 

沖縄にはプライベートの友人も何名かいるので、
「明日から沖縄行きますわ」
「え、明日?!またいきなりだな〜」
なんて会話を複数人としながら、いざフライト。

 

沖縄といっても主要の観光スポットは
全て行ってしまっているので、
特にやることはないんですけどね。

ふらふら散歩したり、海でボーッとしたり、という感じです。

 

思えば、かなりの距離を移動してきました。

その時の気分で判断するだけの完全ノープラン

 

新しい出会いがあったり、
免許証を忘れるなどのハプニングもありました。

 

移動しながら、隙間時間を使って
地味に仕事もしていて(主にスマホ)、

新規メディアの立ち上げを指示したり、

YouTube事業をスタートさせたり。

 

これから追加で
数億を狙える事業も作れそうのなので楽しみです。

 

なぜこんなに激しい移動をしたのかは分かりません。

でも、心の声に従った時、たしかに大きな移動がしたかった。

旅をして、その中での気づきや経験を発信したかった。

 

あえてロジカルには考えず、動物的に、感覚的に。

時にはそういう動き方も
大事なんじゃないかな〜と思うのです。

 

この世の中はうまくできています。

何かを得ては失う。

最終的にはトントンになるんじゃないかな。と、

抽象度の高い話ですが、腑に落ちる部分があるのです。

 

国際通りのカフェで書いたコラム↓

1か月の日本横断旅を通しての気づき・結論

寒い地区にいるときは暑い地区に行きたくなって、
暑い地区にいるときは寒い地区に行きたくなって。

 

都会に疲れて地方に行っても、
また都会が恋しくなってくる。

とはいえ、ずーっと都会にいるのはしんどい。

 

結局、どこまでいっても
「ないものねだり」だし、
「隣の芝生は青い」なと思いました。

 

僕は営業マン時代、
自由なライフスタイルに憧れて起業していますが、

いざ理想の生活が手に入った今、
華金を楽しんでいるサラリーマンが恋しくなったり…。

 

思えば、そんな感情の遷移を
繰り返してるだけのような気もしました。

ずっとここじゃない何かを、誰かを、求めていて。

なぜか満たされないなぁとか思いながら。

 

僕らは人間である以上、隣の芝生は永遠に青い。

 

というか隣の芝生が青いからこそ
自分もがんばろうと思えるし、

やる気のエネルギーに
昇華させる分にはいいと思いますが、

いつかそれだけだと頭打ちがきます。

普通に疲れてしまう。

 

だからこそ「足るを知る」を知っておく必要があるなと。

これは古代中国の思想家・老子の言葉です。

 

具体的には…もう既に満ちたりていることを知る。

隣の芝生は永遠に青いかもしれないけど、
自分の芝生もすでに十分青いんだと。

 

これはかなりの達観思考だと思うので
いきなり到達するのは難しいと思うし、

正直僕もまだまだですが、

早いうちから「足るを知る」
を知っておく必要があるなとは思います。

 

じゃないと、いつまでも満たされない
モンスターができ上がってしまう。

 

煩悩だらけの僕達だからこそ、
「足るを知る」
を少しでも実践していくべきだなと感じます。

 

そして、北海道〜沖縄まで横断する中で、
個人的に楽しかった県と楽しくなかった県があり、
その違いは何か?と言語化を試みたところ、

1つは…「特定の誰かと会い、時間を重ねたか」
にあるなと思いました。

 

その県に知り合いや友人がいた場合、
会ってご飯を食べたり、観光したり。

 

逆に知り合いがゼロの場合、
ひとりでプラプラ移動するだけで
終わることもありました。

 

もちろんひとりでゆっくり過ごすのも楽しいけど、
やっぱり、誰かと過ごして
喜びや悲しみを共有した方が深く印象に残るなと。

 

ふと、九州を横断してる時に気付いたのですが、
「人間」は「人の間」という漢字で構成されています。

 

つまり、僕らは人の間で生きていく動物であり、
ひとりでは生きていけないのです。

 

特にインターネットビジネスをしていると、
PC1台・スマホ1台で莫大な額を手にしてしまうため、

ついひとりでも生きていけるじゃん
と勘違いをしてしまいます。

 

正確にいうと大金があれば、

確かにひとりで生活していく分には
困らないかもしれませんが、

でもそれだと幸福度は上がりません。

 

なぜなら僕らは
「人の間」で生きていく
「人間」という生命体だから。

 

「個の時代」では
個人にフォーカスされることも
多いとは思いますが、

結局、一週回って、
「個」同士が連携することで
シナジーを生んで事業が大きくなったりもするので、

もっと周りの人を大切にすべきだなと思いました。

 

Web起業家こそ、
オフラインを大切にしたほうがいいと思いますね。

 

旅を終えて東京帰還後、起業仲間とディナーへ↓

旅をしながらも月収7,325,000円を達成

 

不思議な話に聞こえるかもしれませんが、
日本横断を楽しんでいた1か月間、
インターネットからの収益は7,325,000円(自動化)でした。

 

旅人系フリーランスや
自由人ブランディングをしてる人で
実際に収益を上げてる人は少なかったりしますが、

彼らとの違いの1つは、
自分がノータッチでも収益が発生する仕組み
を所有しているか否か、です。

 

僕はPC1台でこの仕組みを
SNS・ブログ・メルマガ等を使って
作ってきました。

ただそれだけの話。

 

現実離れしたことを聞くと、
「そんなの嘘に決まっている」
と決めつける人もいるし、

過去の自分もそっち側の人間でしたが、
全て事実なのです。

 

これはシンプルな話で、つまり、

「現実世界の自分が
どこで何をしていようが関係なく、

インターネット上にいる
自分の分身が
価値を提供し、
セールスもしてくれる」

ということ。

 

24時間365日、給料0円
働いてくれる営業マンを
数名雇っている感覚なのです。

 

だから自動で収益が発生すると言っても、
いや、そりゃそうだよね、という感じ。

 

これは本当にポイントでして、

インターネット上に
自分の分身を作れば作るほど
ラクになっていきます。

未来の自分が
幸福な経済自由人になれる可能性が上がる。

自分の分身が
現実世界の自分の代わりに働いてくれるからです。

 

この記事コンテンツだってそうで、
もうここまで1万5000文字くらい
執筆してきたのでまぁまぁ大変でしたが、

でも、一度書いてリリースさえしちゃえば、
1か月後も、1年後も、
もしくは10年後もずっと読まれます。

Googleが倒産しない限り、です。

 

これをあなたが読んでいる今、
現実世界の僕は沖縄にいて
二日酔いでしんでいるかもしれないし、

どこかのゲームセンターで
メダルゲームをしてるかもしれない。

もしくは昼寝タイムかもしれません。

 

でも、確かにここに記事コンテンツがある。

あなたはこれを読んでいて、
少なからず何かしらの刺激(価値)を受けているはずです。

 

じゃあここでもし、

「国内旅行におすすめのクレジットカードはこちら→URL」

と商品紹介リンクを貼ったらどうでしょう?

一定数がクリックし、収益が発生します。

現実世界の僕の動きに関係なく、です。

 

これが仕組みを所有することの破壊力であり、

インターネットビジネスの中でも
コンテンツビジネスの威力。

 

現に1か月、
まるまる旅をしながら
本当に月収7,325,000円です。

 

身を以て証明できてよかったと思うし、
1年もあればこの世界線にシフトできるので、
ぜひ前向きにビジネスに取り組んでいってほしいなと感じます。

(信じるか信じないかは・・・あなた次第!!!笑)

 

それでは長くなりましたが、
ここまで読んでいただきありがとうございました。

 

関連記事:ベストセラー作家の高橋歩とハワイ島でベットインしてみた

 

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最後まで読んでいただきありがとうございました。

1 個のコメント

  • はじめまして、最近文章セラピストなんてものをはじめました、さちこと申します。

    何日か前にてらけんさんの公式ラインに出会い、今メルマガも3通ほどいただいております

    やっと下積み時代に突入して副業なんかをはじめたところで、いろいろとおっついていませんが

    それでもこの記事は拝見させてもらえました

    何か呼ばれるものでもあったのでしょう

    感じたことは、きっとまわりから見たらスピード感やらにあふれているという見え方がするのかもしれませんが

    ご本人が見えている世界はこんな感じなのだろうなという、なんとも穏やかで、ゆったりとした世界観

    もちろん楽しんであれこれやっていますが、文章お好きなのだなあと拝見していたら、「コピーライターでもある」と書かれていたので、ああやっぱり文章ずきさんかあなんて感慨深かったです

    文章をかくことを我慢されていない、ストレスフリーな文章に触れさせていただいたこと、とても感謝申し上げます

    画像もとてもいい

    こういう世界にこれから突入するのねという、イメージングというかなんというか

    潜在意識にほうりこんでおくのにとってもいい画像たち

    ついついやりすぎては休みつつ、自分のペースで必要な妥協もしっかりとしながら、その世界にはいっていこうと思います

    偉大なせんぱいてらけんさんへ感謝をこめて

    文章セラピストさちこ

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